秘湯マニアさんの旅行記
テーマ:
旅行記タイトル:スイス旅行記
旅行期間:1997/05/21〜1997/05/28

旅行記の内容:5月21日(水曜日)
8時に成田全日空ホテルを出発。
出国手続きは至って簡単だった。
スイス航空 169便の飛行機はMD11型。
エコノミークラスは片側に 3席、真ん中に 4席、反対の窓側が 2席という飛行機だ。
僕は喫煙席の 35Fだった。
成田から12時間の旅。
それでも10年前、アラスカ経由でスイスへ行った時に比べれば約半分の時間に短縮されている。
11:50の出発予定が遅れて12時30分離陸。
成田→ハバロフスク→シベリア横断→モスクワ→コペンハーゲン →ドイツ→チューリッヒの予定。
離陸してすぐに昼食が出される。
我々のグループの他に
も日本人が多い。
スチュワーデスも日本人が2人いて、まだ日本の気分。
それでも12時間は長い。
読書、昼寝、それに飛行機で上映される映画を 2本見ているうちにサンドイッチのような軽食。
チューリヒ が近くなった頃夕食のサービス。
でも、予定ではホテル到着後夕食となっている。
チューリヒ には予定通り17時30分到着。
サマータイムを実施中のため時差が 7時間。
日本時間で深夜の 0時30分だ。
スイスは夕方とは思えないほど明るい。
チューリヒ 空港は広く、トランスファー と入国とが大きく別れている。
入国はパスポートを見せるだけで済んだ。
税関を出る前の両替は混んでいるので荷物を受け取ってから外で両替する。
3万円で346SFR。
1フランが90円弱の計算。
バスに乗り込んで市内に向かうがアウトバーンは渋滞していた。
ホテルはチューリヒ マリオットホテル。
道路を挟んで新館、別館に別れ、連絡通路が結んでいる。
僕の部屋は別館の2405だったが部屋は広くて清潔でまあまあだった。
20時ホテルで夕食。
食前のビールと食後のデザート(フルーツ)が美味しかった。
僕も疲れた感じだったので、シャワーにゆっくり漬かって早めに寝ることにした。
5月22日(木曜日)
夜中 3時頃目が覚める。
日本時間なら10時だから仕方ないか。
5時間ほど熟睡したことになる。
まだ早いのでウトウトするが何度も目が覚めるので 5時には起きて支度を始める。
窓の外には雨の音がする。
6時モーニングコール。
テープだろうと思って受話器を取ると生の声だったのでビックリする。
ここの食事はバイキングだが、コンチネンタルスタイル ではなく卵も付くアメリカンタイプだった。
今日は会社訪問のため、全員スーツ着用。
ガイドさんは10年前と同じ大西さん。
僕もビックリしたが、大西さんは名前こそ覚えていないが顔は覚えていると言っていた。
バスはアウトバーンを使ってバーデンからバーゼルに向かう。
途中、バスの揺れでウトウト。
丁度、朝の通勤時間でアウトバーンの反対側車線はかなり渋滞している。
アウトバーンには料金所なし。
年間 3千円程度のチケットを購入しておけば、何回でも走れるのだそうだ。
ドイツとフランス両国の国境に近い街、バーゼルに近づくと牧草地帯となりスイスらしい風景が広がる。
バーゼルに入る手前で雨が降ってきたが、市内に入る頃には止んだ。
向こうの会社に到着したのは10時ちょっと前。
ミーティングルームで会社の説明とビデオを見た後、 3班に別れて工場見学。
我々の説明に付いてくれた人はとっても可愛い女性。
こんな人が日本にいたらとても目立つだろうと思う。
工場は10年前に比べて近代的で大きくなっていた。
12時少し過ぎから会社の食堂で昼食会。
各テーブルには向こうの会社の社員のうち英語が話せる人が一人づつ付いて食事の開始。
肉はローストビーフ と鴨、それにラム肉も付いておいしかった。
デザートもケーキとアイスクリームでこれもおいしかった。
デザートの後コーヒーになる。
テラスから遠くの山が見えるので僕のテーブルに付いた女性を連れだし写真を取る。
向こうのテーブルでは、さっき僕たちを案内してくれた可愛い女性が座っていたので、一緒に写真を取ろうと言って誘い出す。
彼女と写真を取ったのは僕が一番先だった。
でも、可愛いからたちまち大勢集まってくる。
2時過ぎ、再びバーゼルに向かう。
バーゼルヒルトンは前回も泊まったホテル。
ここで時間があるので徒歩で市内観光。
ガイドさんが市内の目抜き通りまで案内してくれて後は各自でホテルまで帰るコース。
バーゼルにはルイ・ビィトン の店やバリーの店がある。
バリーは靴で有名だが、革製品の店。
ここの1階には女性の靴とバックがあった。
僕もここでお土産のバックを買った。
500フランのものと660フランのものと二つ良いのがあったが、店の女性にどっちが良いか聞くともちろん660フランのものが良いと言う。
これ 1点だけで約 6万円。
ちょっと高いかとおもったが結局カードで買ってしまった。
ルイ・ビィトン の店も覗いたが高いのでパス。
でも、パリで買うよりも親切で時間も掛からないというガイドさんの話しだった。
メインストリートから坂を登り大聖堂を見に行く。
とても大きな古い建物。
見学は無料。
この大聖堂の裏手をライン川が流れている。
川の向こうには旧市街が広がり美しい。
川の流れもラインの流れはセーヌ川よりも美しい。
この川辺には公園が広がり大きな木が沢山ある。
小鳥も人間の直ぐ近くまで寄ってくる。
帰路、途中の喫茶店(?)でビールを飲む。
市電が走っていて市内の至る所に緑が沢山ある。
街を歩く人達はセーターの人がいたりコートを着てる人がいるかと思えば、わりと涼しそうな恰好をしている人もいてマチマチ。
背広で歩いていて暑くもなく寒くもなく丁度良い感じだった。
夜は向こうの会社主催の夕食会。
バスでバーゼル郊外のボットミンゲン城という古城へ行く。
古城とは言っても今は改装されてレストランになっている。
古城での夕食会は10年前もあったが、その時は山の中に尖塔が聳えるいかにも中世の城という感じの城だったので、それを期待していたのだがガイドの大西さんに聞くとあの城を使ったのは1度だけだそうだ。
料理はワインから始まりデザートで終わるフルコース。
パーティ終了は10時。
宿に帰るなりすっかり疲れて早めに寝る。
明日の朝は早いのだ。
5月23日(金曜日)
この日は朝5:30にモーニングコール。
今日も生のモーニングコールだった。
今日も 5時に目覚めたので準備をしておく。
昨日のバリーのバックでスーツケースは満杯状態。
朝食は列車内の予定となっているので、6:45ロビーに集合し、徒歩でバーゼル駅へ。
7:18発のレッドアロー号。
この列車は、昔チャーチル卿も乗ったことがあるという 3両編成の貸切り列車。
まるでトロッコ列車のような小型の電気機関車が付いてサロンカーまで付いている。
スピードも出ないし、ガタガタ揺れるが車窓からはスイスの広大な風景が広がり、バスよりも楽しい旅だった。
走り出してすぐに朝食のサービス。
列車内のことなのでアメリカンタイプではないが、生ハムとヨーグルトが付いてコンチネンタルスタイルでも豪華な朝食だった。
この列車は貸切りなので途中止まることもなく、希望した駅まで行ってくれる。
今日のコースはバーゼルを出て、ムーティエ→ベルン→トウーン→シュピーツと通りベルナーオーバーランド に出てカンテルシュテーク から長いトンネルに入り終点ブリークまで約 3時間の旅。
終点ブリークという駅は氷河特急が通る駅だそうだ。
バーゼルからスイス中央部のベルナーオーバーランド までは、ずっとのどかな牧場が広がり緑の草原の中に花で窓を飾った小さな家がポツンと建っていたりして写真のタネには事欠かない。
ベルナーオーバーランド に入ってからは、メンヒ、アイガーなどの山、反対側にはブライトホルンなど大小様々な山が、空と緑を隔てるように聳え立っている。
ブリークに近づくと切り立った崖の高い所を走るようになり、ローヌ川とそれに沿って走る国道が下の方に小さく見える。
ブリークでバスに乗り換えて薬草園に向かう。
薬草園はシオンの方向に少し走る。
列車が着いたのは10時30分だったが薬草園に着いたのは12時近かった。
畑にはタイム、セージ、ペパーミントの 3種類を栽培してあり、タイムは既に収穫の時期を迎えているとのこと。
この畑の周辺は野草が小さな花を可憐に咲かせ、お花畑のよう。
ローヌ川とその向こうに広がる風景も素敵だった。
この畑から少し登った所にあるデュラックで昼食。
10年前にも食べて感激したラクレット料理だった。
店の主人が庭の芝生の上でアルプホルンを吹いて迎えてくれる。
外でワインを飲んでから食堂内へ。
人数が多かったため、全員にラクレットが回るのは遅かったが、お替わりをする人は少なく僕は 6皿も食べてしまった。
帰りはバスでインターラーケンに向かう。
直線でインターラーケンに向かう道は山に遮られて無いので、シオン→モントルー→ベルンと一部列車で通った所を逆戻りする感じでアウトバーンを行く。
この間、 2時間半から 3時間。
朝早かったせいもあり全員寝てしまった。
プリエンツ湖とトゥーン湖に挟まれたインターラーケンに到着したのは17時。
今日の夕食は、プリエンツ湖の湖畔にあるベルビューというホテル兼レストランへ行く。
このレストランは中村橋之助、三田寛子夫妻が訪れたそうで、それ以来日本人観光客が増えたそうだ。
10年前の時は湖を舟で渡って魚料理を食べに行ったが、その時の魚料理がおいしくなかったので今回も期待していなかったが、このレストランは日本風の味付けをしたものもあり、なかなかおいしかった。
帰りはバスの所まで10分ほど湖畔を歩いて帰る。
人影も少なく、湖には人家の灯が揺らいで二人連れで訪れるには最高の場所だと思った。
いよいよ明日はユングフラウ。
晴天を祈りつつ就寝。
スイス到着後初めて連泊するホテルなので洗濯などして、また遅くなってしまった。
5月24日(土曜日)
連日の疲れが出てきたのか、今日はモーニングコールまで目が覚めなかった。
でも、今日はスーツケースの整理がいらないだけ、準備も早い。
窓を開けると正面にユングフラウの真っ白い山並みがくっきりと見えている。
快晴のようだ。
7時に朝食。
どこのホテルもバイキング形式のようだ。
フルーツとパンを多めに食べる。
8:00出発。
インターラーケン オスト駅から登山電車に乗り、ラウターブルンネン まで20分余り。
ラウターブルンネン で乗り換えてクライネシャイデックまで40分余り。
またここで乗り換えてユングフラウヨッホ まで50分余り。
ラウターブルンネン を出た直後に高さ 300?の滝と教会の尖塔が見える。
前回始めて見た時には感動したが、今回はそれほどでもない。
しかし、社内は写真を撮る人でごった返す。
クライネシャイデックまでの車窓からは、我々がスイスに対して抱くイメージどおりの牧歌的な風景が広がっている。
見渡す限り広大な緑の草原と所々に建つ窓を花々で飾った小さな家。
その草原には白、黄、紫の小さな花が咲き乱れ、まるでお花畑の中を走っているよう。
ベンゲンという小さな村は環境保護のためガソリン自動車の使用禁止という徹底ぶり。
日本も開発は良い加減にして自然環境を大切にするようにしなければならない、と感じる。
クライネシャイデックでは、写真屋さんのセントバーナード犬を中心にして、今回の旅行始めての全員集合写真。
日本語の上手な写真屋だった。
クライネシャイデックからは1895年から掘り始め1912年に完成したというトンネルを通ってユングフラウヨッホ を目指す。
途中、アイガーバンドなど氷河を眺める停車場が 2つある。
電車の終点からはエレベーターで 4階に登り、氷に覆われたアイスパレスを抜けてユングフラウヨッホ の展望台へ出る。
アイスパレスは氷で滑り易かったが、足元に注意して展望台へ出ると、日光が燦々と輝き、目が痛いほど良い天気。
アイガー・メンヒだけでなく遠くの山も良く見えた。
ここは標高3700?。
富士山とほとんど変わらない高さだった。
下の階の売店では絵はがきを切手付きで売っている。
ここのポストに投函すれば世界で1番高い所の消印で郵送される。
僕も1枚投函。
何だか足と頭がスッキリしない。
どうも高山病の影響が出ているようだ。
1時間ちょっとで帰路につく。
クライネシャイデックで昼食。
ここは日本人観光客が多いとみえておにぎりや蕎麦まである。
そして日本語の看板も出ている。
ガイドさんの話だとインターラーケンとグリンデルワルドの宿泊客の30%は日本人だそうだ。
この回りはお花畑が沢山ある所だが写真もいくらも撮らないうちに出発時間になってしまった。
電車に乗ると雨が降り出し、アイガーの山頂付近はもう霧に覆われていた。
途中、グリンデルワルドで乗り換えてインターラーケン帰着は 15:30。
夜まで自由行動なので各自お土産を見に行く。
インターラーケンの街はインターラーケン オスト駅からインターラーケン ベェスト 駅まで続く一本道沿いに広がる。
街中は日本人が多い。
大きな売店には日本人の店員もいて、買い物にも不自由しない。
時計、ベルト 、アーミーナイフ など沢山買ってしまった。
19時から夕食。
スイスへ来て始めてステーキを食べる。
今日のホテルビクトリア ユングフラウはインターラーケンで五つ星のホテルだけあって、料理もサービスもとても良かった。
コーヒータイムには従業員のヨーデル演奏などもあった。
また、早めに就寝。
明日の朝は早いのだ。
5月25日(日曜日)
モーニングコール 5分前に目が覚める。
窓から外を見ると今日は一面に雲がかかり、すっきりしない天気。
ユングフラウは顔さえ見せない。
カメラだけ持って外に出る。
ホテル前の公園から写真を少し撮る。
小さな花も少し摘んで押し花にする。
朝食はフライドエッグ にしてアメリカンタイプの朝食を楽しむ。
今日はバスでシャモニーに出てモンブラン観光の予定。
今日のコースはインターラーケンからアウトバーンに乗り、トウーン→ベルン →フリプール →モントルー と通りマルティニ の手前からシャモニーに向かう約 3時間のバスの旅。
途中には相変わらずスイスの広大な牧場や真っ白い山々など牧歌的な風景が広がる。
マルティニ を過ぎると大型バスが通るのが大変な山道を登って行く。
峠の途中でフランス領に入るとスイス側よりも道が悪くなる。
シャモニーに近づくとインターラーケンの雲が嘘のように晴れてくる。
シャモニー到着は12時近かったが、先に山頂へ行くことにしてロープウエィに乗る。
ロープウエィの傾斜角度日本一は飛騨高山の奥から西穂高岳に登っている新穂高ロープウエィだが、それの何倍も急角度でシャモニーの街からモンブランの山頂まで通じている。
窓から下を見ているとシャモニーの街がたちまち小さくなっていく。
ゴンドラは立席だけで50?60人は乗れる大型ゴンドラである。
中間駅までのロープウエィでは、下側の窓からどんどん小さくなっていくシャモニーの街とモンブランの反対側の山を見ていた。
中間駅で乗り換えてからは、山頂側の窓の方から富士山よりも高いモンブランの山頂を眺めていた。
モンブランという山は全山が岩稜で覆われ、切り立った岩が累々と積み重なって日本の山では見られない山容である。
中間駅から上は雪に覆われ、ゴンドラの中にはスキーを抱えた人もいる。
ゴンドラの山頂駅では、まるでエレベーターのように垂直に釣り上げられる感じで到着する。
これで標高3845?という富士山よりも高い所へ到着する。
ここからはエレベーターが展望台まで通じている。
山全体が岩でできているため、この展望台も切り立った大きな岩の上にあり、エレベーターが発着する建物と展望台とは小さな吊り橋で結ばれている。
足元を見ると高所恐怖症でなくても恐ろしいと感じる。
でも、天気が良く山頂や麓の街まで見える。
山頂のレストハウスで少し休んだ後、下界へ向かう。
中間駅の岩場からパラグライダーで飛んでいる人を沢山見る。
中間駅の岩場は、少し平地があるが途中から急角度で切れ落ち、高度も大変なもの。
飛ぶことの楽しさよりも恐ろしさの方が先に立つ。
シャモニー駅前のレストランで食事。
もう14時になっていた。
ここからジュネーブまでは 1時間と少し。
また、アウトバーンを通ってジュネーブへ。
またフランスとスイスの国境を通ったが、フランス側は誰もいなくてスイス側だけきちんとチェックしていた。
国民性の違いが良く表れている。
ジュネーブからはTGVかと思ったが、今回は 1時間の空の旅でパリに入る。
空港からレストランに直行し夕食。
今日の夕食は中華料理だった。
レストランを出たのは10時前だったが、まだ空は薄明るい。
パリのホテル、グランドホテル インターコンチ はオペラ座の前にある大きなホテル。
この旅行で初めて最上階の部屋を貰う。
5536号室。
5階とはいえ、パリの街は建物すべて34?に制限されているため、ベランダからはパリの街が一望できる。
5月26日(月曜日)
朝6:50に目が覚める。
このホテルの朝食には日本食のバイキングがあって、それを食べてる人が多かったが僕はパンとフルーツ。
日本食は味付けやお菜がちぐはぐで美味しくなかったそうだ。
パリの初日は市内観光。
前回と同じセーヌ川沿いを走りポンヌフなど見ながらノートルダム寺院へ。
今日のガイドさんは黒川さんという小柄で可愛い人。
スイスのガイドさんは若い人はいなかったが、フランスでは若い人が多いようだ。
寺院の裏庭で写真を撮り、門の所で売っていた絵がメルヘンチックで綺麗だったので買う。
エッフェル塔を回ってホテルへ帰着。
お昼は自由行動なので、日本食堂「きんたろう」へ行く。
ホテル周辺の専門店を見て歩く。
シャネル、フェラガモ、マキシムなど。
歩き疲れて街のテラスで一休み。
着飾って歩くパリジェンヌをゆっくり眺めているのも良い。
ホテルで休んでからすぐ眼の前の三越へ行く。
10年前はあまり日本人店員がいなかったが、今回は各売り場に日本人店員がいる。
そして、買い物をしている人も日本人が多い。
お金はここでほとんど全部使ってしまったが、もうあとは自分のもの以外は買わないつもり。
夜、リドが予約してあるので 5時頃シャワーを使う。
リドには7:30出発。
食事はたいして美味しいとは思わなかったが、リドのショーはとても良かった。
女の子はヌードだが、見ていて楽しくヌードでなくても通用する。
女の子は身体の線が崩れたらクビだそうだ。
仕掛けも大掛かりで舞台の上にスケートリンクが出現したり、空を飛んだり、見ていて楽しかった。
5月27日(火曜日)
いつの間にか旅の最終日。
朝のモーニングコールもなくのんびり起きる。
朝食ものんびり。
それから買い物に出発。
今日はオペラ座の反対側、松阪屋に行く。
こっちの方が三越よりも安い。
貴金属30%オフの誘惑に負けて、安いのを買う。
隣のランセルに行く。
ここでも結局財布を買う。
自分のものはニナリッチのカフスだけだった。
どこの店にも日本人店員がいて、パリにいかに日本人が多いかを表している。
一旦ホテルに戻ってからパリの散策に出掛ける。
街角はNATOの会議があるとかで、警備が厳重。
道が判らなくなり、警備の警官に聞く。
コンコルド広場に出て公園を突っ切ってシャンゼリゼの大通りに向かう。
公園の中は、ベンチに腰掛けてのんびりしている人や犬を散歩させている人など、陽だまりの中でゆったりとしている。
シャンゼリゼの通りを凱旋門の方に向かう。
この通りも車道と同じくらい広い歩道が両側に広がり、そこに飲食店がテラスを出している。
パリに到着した時のガイドさん、藤原さんが言っていた。
こうした店で、通りを歩く人を見ながらお茶を飲むのがパリジャンだそうだ。
見られる方も心得ていて、私が素敵だから見られているのだワ、と思うのだそうだ。
時間が丁度お昼時に重なり、そうしたテラスはとても混んでいる。
それでも空いている店を見つけて、一番通りに面した所に席を取る。
まずビールを注文し、メニューはフランス語が判らないので絵の入っているメニューで注文。
束の間のパリジャンの気分を味わったあと、凱旋門まで歩いて行った。
ベルサイユ宮殿の見学ツアーは 2時30分出発。
パリ郊外30?の所にあるこの城は太陽王ルイ14世が作った城で、フランス革命の時ルイ16世とその妃マリー・アントアネット が処刑されるまで住んでいた城だ。
僕は前回の時、オーストリアでマリー・アントアネット の母、マザー・テレサ の住むシェーンブルク 宮殿を見ているので、神聖ローマ帝国の影響を考えずにはいられない。
ヨーロッパの王家というのは皆ハプスブルク家の血が入っているのではないだろうか。
閑話休題。
ベルサイユ宮殿はシェーンブルク 宮殿よりも壮大で豪勢。
人民の窮迫を余所に、こんな豪勢な生活をしていたから処刑されたのだ。
城の中はマリー・アントアネット が使っていた寝室や舞踏会を行った大きな鏡の間と名付けられた部屋を見ることができるが、各国の団体が大勢いて大混雑していた。
ホテルへ戻ってからちょっとだけ三越へ行き、パックを買う。
お土産が持って帰れそうもなかったので、それを入れるでっかいバックを買ったのだ。
三越の店員はフランス人であっても大概日本語を話せる。
松阪屋は英語もダメな人がいる。
夜のサヨナラパーティはホテルから20分位離れた所にある見ただけでも値段の高そうなレストラン。
ワインも食事も美味しかった。
食後にはチーズも出たが、匂いが強くなく僕でも食べることができた。
デザートは野イチゴをふんだんに使ったケーキ。
コーヒーも味が良かった。
ホテルに戻ると10時過ぎ。
荷物作りに追われて遅くなってしまったが、パリの最後の夜に名残を惜しんだ。
5月28日(水曜日)
モーニングコールは朝早く5:30。
今日だけは朝食もルームサービス。
忘れ物のないのを確認してバスへ。
ドゴール空港までは渋滞もなくスムース。
ここで免税の申請と出国準備に時間がかかる。
他の人々は、空港ロビーの免税店で最後の買い物をするのに余念がないが、僕はもう達観。
ジュネーブまでは 1時間。
我々はトランスファー のため外には出られないが、ここでも買い物をするのに皆、走り回っている。
僕はスイスで買い損なったものがあったので免税店を覗いて回ったが、結局買えなかった。
でもスイスフランの小銭が残っていたのでチョコを一枚買う。
飛行機への搭乗開始は11時20分。
これからまた12時間の空の旅だ。
飛行機は来る時と同じドイツ →バルト 海→モスクワ→シベリア上空→ハバロフスクから新潟に入り成田というコース。
水平飛行に入ってすぐお昼のサービス。
ライスがお菜でパンが主食という変わった機内食。
上空も良く晴れていてバルト海の海岸線が見える。
シベリア上空では太陽が真っ赤に染まっているものの、沈み切らないうちに夜が明けるという変わった経験をした。
機内ではヨーロッパ時間の19時過ぎ位から飛行機の窓を閉めて寝ている人が多い。
夕食(朝食?)が出たのは成田到着 1時間ほど前。
食べ終わるとすぐに日本の国土が見えて来る。
外は朝の陽光がいっぱいに輝いている。
成田空港到着は予定どおり朝 7時過ぎ。
ヨーロッパ時間では深夜。
これから横浜経由で家まで帰ると、結局1晩、消えてしまう。
成田発8:15の成田エキスプレスには乗れなかったので、9:15の横浜行きで帰る。
横浜で乗換え、駅からは重いスーツケースをガラガラ押して家に帰り着いたのはもう 2時になっていた。
写真:5月21日(水曜日)
8時に成田全日空ホテルを出発。
出国手続きは至って簡単だった。
スイス航空 169便の飛行機はMD11型。
エコノミークラスは片側に 3席、真ん中に 4席、反対の窓側が 2席という飛行機だ。
僕は喫煙席の 35Fだった。
成田から12時間の旅。
それでも10年前、アラスカ経由でスイスへ行った時に比べれば約半分の時間に短縮されている。
11:50の出発予定が遅れて12時30分離陸。
成田→ハバロフスク→シベリア横断→モスクワ→コペンハーゲン →ドイツ→チューリッヒの予定。
離陸してすぐに昼食が出される。
我々のグループの他に
も日本人が多い。
スチュワーデスも日本人が2人いて、まだ日本の気分。
それでも12時間は長い。
読書、昼寝、それに飛行機で上映される映画を 2本見ているうちにサンドイッチのような軽食。
チューリヒ が近くなった頃夕食のサービス。
でも、予定ではホテル到着後夕食となっている。
チューリヒ には予定通り17時30分到着。
サマータイムを実施中のため時差が 7時間。
日本時間で深夜の 0時30分だ。
スイスは夕方とは思えないほど明るい。
チューリヒ 空港は広く、トランスファー と入国とが大きく別れている。
入国はパスポートを見せるだけで済んだ。
税関を出る前の両替は混んでいるので荷物を受け取ってから外で両替する。
3万円で346SFR。
1フランが90円弱の計算。
バスに乗り込んで市内に向かうがアウトバーンは渋滞していた。
ホテルはチューリヒ マリオットホテル。
道路を挟んで新館、別館に別れ、連絡通路が結んでいる。
僕の部屋は別館の2405だったが部屋は広くて清潔でまあまあだった。
20時ホテルで夕食。
食前のビールと食後のデザート(フルーツ)が美味しかった。
僕も疲れた感じだったので、シャワーにゆっくり漬かって早めに寝ることにした。
5月22日(木曜日)
夜中 3時頃目が覚める。
日本時間なら10時だから仕方ないか。
5時間ほど熟睡したことになる。
まだ早いのでウトウトするが何度も目が覚めるので 5時には起きて支度を始める。
窓の外には雨の音がする。
6時モーニングコール。
テープだろうと思って受話器を取ると生の声だったのでビックリする。
ここの食事はバイキングだが、コンチネンタルスタイル ではなく卵も付くアメリカンタイプだった。
今日は会社訪問のため、全員スーツ着用。
ガイドさんは10年前と同じ大西さん。
僕もビックリしたが、大西さんは名前こそ覚えていないが顔は覚えていると言っていた。
バスはアウトバーンを使ってバーデンからバーゼルに向かう。
途中、バスの揺れでウトウト。
丁度、朝の通勤時間でアウトバーンの反対側車線はかなり渋滞している。
アウトバーンには料金所なし。
年間 3千円程度のチケットを購入しておけば、何回でも走れるのだそうだ。
ドイツとフランス両国の国境に近い街、バーゼルに近づくと牧草地帯となりスイスらしい風景が広がる。
バーゼルに入る手前で雨が降ってきたが、市内に入る頃には止んだ。
向こうの会社に到着したのは10時ちょっと前。
ミーティングルームで会社の説明とビデオを見た後、 3班に別れて工場見学。
我々の説明に付いてくれた人はとっても可愛い女性。
こんな人が日本にいたらとても目立つだろうと思う。
工場は10年前に比べて近代的で大きくなっていた。
12時少し過ぎから会社の食堂で昼食会。
各テーブルには向こうの会社の社員のうち英語が話せる人が一人づつ付いて食事の開始。
肉はローストビーフ と鴨、それにラム肉も付いておいしかった。
デザートもケーキとアイスクリームでこれもおいしかった。
デザートの後コーヒーになる。
テラスから遠くの山が見えるので僕のテーブルに付いた女性を連れだし写真を取る。
向こうのテーブルでは、さっき僕たちを案内してくれた可愛い女性が座っていたので、一緒に写真を取ろうと言って誘い出す。
彼女と写真を取ったのは僕が一番先だった。
でも、可愛いからたちまち大勢集まってくる。
2時過ぎ、再びバーゼルに向かう。
バーゼルヒルトンは前回も泊まったホテル。
ここで時間があるので徒歩で市内観光。
ガイドさんが市内の目抜き通りまで案内してくれて後は各自でホテルまで帰るコース。
バーゼルにはルイ・ビィトン の店やバリーの店がある。
バリーは靴で有名だが、革製品の店。
ここの1階には女性の靴とバックがあった。
僕もここでお土産のバックを買った。
500フランのものと660フランのものと二つ良いのがあったが、店の女性にどっちが良いか聞くともちろん660フランのものが良いと言う。
これ 1点だけで約 6万円。
ちょっと高いかとおもったが結局カードで買ってしまった。
ルイ・ビィトン の店も覗いたが高いのでパス。
でも、パリで買うよりも親切で時間も掛からないというガイドさんの話しだった。
メインストリートから坂を登り大聖堂を見に行く。
とても大きな古い建物。
見学は無料。
この大聖堂の裏手をライン川が流れている。
川の向こうには旧市街が広がり美しい。
川の流れもラインの流れはセーヌ川よりも美しい。
この川辺には公園が広がり大きな木が沢山ある。
小鳥も人間の直ぐ近くまで寄ってくる。
帰路、途中の喫茶店(?)でビールを飲む。
市電が走っていて市内の至る所に緑が沢山ある。
街を歩く人達はセーターの人がいたりコートを着てる人がいるかと思えば、わりと涼しそうな恰好をしている人もいてマチマチ。
背広で歩いていて暑くもなく寒くもなく丁度良い感じだった。
夜は向こうの会社主催の夕食会。
バスでバーゼル郊外のボットミンゲン城という古城へ行く。
古城とは言っても今は改装されてレストランになっている。
古城での夕食会は10年前もあったが、その時は山の中に尖塔が聳えるいかにも中世の城という感じの城だったので、それを期待していたのだがガイドの大西さんに聞くとあの城を使ったのは1度だけだそうだ。
料理はワインから始まりデザートで終わるフルコース。
パーティ終了は10時。
宿に帰るなりすっかり疲れて早めに寝る。
明日の朝は早いのだ。
5月23日(金曜日)
この日は朝5:30にモーニングコール。
今日も生のモーニングコールだった。
今日も 5時に目覚めたので準備をしておく。
昨日のバリーのバックでスーツケースは満杯状態。
朝食は列車内の予定となっているので、6:45ロビーに集合し、徒歩でバーゼル駅へ。
7:18発のレッドアロー号。
この列車は、昔チャーチル卿も乗ったことがあるという 3両編成の貸切り列車。
まるでトロッコ列車のような小型の電気機関車が付いてサロンカーまで付いている。
スピードも出ないし、ガタガタ揺れるが車窓からはスイスの広大な風景が広がり、バスよりも楽しい旅だった。
走り出してすぐに朝食のサービス。
列車内のことなのでアメリカンタイプではないが、生ハムとヨーグルトが付いてコンチネンタルスタイルでも豪華な朝食だった。
この列車は貸切りなので途中止まることもなく、希望した駅まで行ってくれる。
今日のコースはバーゼルを出て、ムーティエ→ベルン→トウーン→シュピーツと通りベルナーオーバーランド に出てカンテルシュテーク から長いトンネルに入り終点ブリークまで約 3時間の旅。
終点ブリークという駅は氷河特急が通る駅だそうだ。
バーゼルからスイス中央部のベルナーオーバーランド までは、ずっとのどかな牧場が広がり緑の草原の中に花で窓を飾った小さな家がポツンと建っていたりして写真のタネには事欠かない。
ベルナーオーバーランド に入ってからは、メンヒ、アイガーなどの山、反対側にはブライトホルンなど大小様々な山が、空と緑を隔てるように聳え立っている。
ブリークに近づくと切り立った崖の高い所を走るようになり、ローヌ川とそれに沿って走る国道が下の方に小さく見える。
ブリークでバスに乗り換えて薬草園に向かう。
薬草園はシオンの方向に少し走る。
列車が着いたのは10時30分だったが薬草園に着いたのは12時近かった。
畑にはタイム、セージ、ペパーミントの 3種類を栽培してあり、タイムは既に収穫の時期を迎えているとのこと。
この畑の周辺は野草が小さな花を可憐に咲かせ、お花畑のよう。
ローヌ川とその向こうに広がる風景も素敵だった。
この畑から少し登った所にあるデュラックで昼食。
10年前にも食べて感激したラクレット料理だった。
店の主人が庭の芝生の上でアルプホルンを吹いて迎えてくれる。
外でワインを飲んでから食堂内へ。
人数が多かったため、全員にラクレットが回るのは遅かったが、お替わりをする人は少なく僕は 6皿も食べてしまった。
帰りはバスでインターラーケンに向かう。
直線でインターラーケンに向かう道は山に遮られて無いので、シオン→モントルー→ベルンと一部列車で通った所を逆戻りする感じでアウトバーンを行く。
この間、 2時間半から 3時間。
朝早かったせいもあり全員寝てしまった。
プリエンツ湖とトゥーン湖に挟まれたインターラーケンに到着したのは17時。
今日の夕食は、プリエンツ湖の湖畔にあるベルビューというホテル兼レストランへ行く。
このレストランは中村橋之助、三田寛子夫妻が訪れたそうで、それ以来日本人観光客が増えたそうだ。
10年前の時は湖を舟で渡って魚料理を食べに行ったが、その時の魚料理がおいしくなかったので今回も期待していなかったが、このレストランは日本風の味付けをしたものもあり、なかなかおいしかった。
帰りはバスの所まで10分ほど湖畔を歩いて帰る。
人影も少なく、湖には人家の灯が揺らいで二人連れで訪れるには最高の場所だと思った。
いよいよ明日はユングフラウ。
晴天を祈りつつ就寝。
スイス到着後初めて連泊するホテルなので洗濯などして、また遅くなってしまった。
5月24日(土曜日)
連日の疲れが出てきたのか、今日はモーニングコールまで目が覚めなかった。
でも、今日はスーツケースの整理がいらないだけ、準備も早い。
窓を開けると正面にユングフラウの真っ白い山並みがくっきりと見えている。
快晴のようだ。
7時に朝食。
どこのホテルもバイキング形式のようだ。
フルーツとパンを多めに食べる。
8:00出発。
インターラーケン オスト駅から登山電車に乗り、ラウターブルンネン まで20分余り。
ラウターブルンネン で乗り換えてクライネシャイデックまで40分余り。
またここで乗り換えてユングフラウヨッホ まで50分余り。
ラウターブルンネン を出た直後に高さ 300?の滝と教会の尖塔が見える。
前回始めて見た時には感動したが、今回はそれほどでもない。
しかし、社内は写真を撮る人でごった返す。
クライネシャイデックまでの車窓からは、我々がスイスに対して抱くイメージどおりの牧歌的な風景が広がっている。
見渡す限り広大な緑の草原と所々に建つ窓を花々で飾った小さな家。
その草原には白、黄、紫の小さな花が咲き乱れ、まるでお花畑の中を走っているよう。
ベンゲンという小さな村は環境保護のためガソリン自動車の使用禁止という徹底ぶり。
日本も開発は良い加減にして自然環境を大切にするようにしなければならない、と感じる。
クライネシャイデックでは、写真屋さんのセントバーナード犬を中心にして、今回の旅行始めての全員集合写真。
日本語の上手な写真屋だった。
クライネシャイデックからは1895年から掘り始め1912年に完成したというトンネルを通ってユングフラウヨッホ を目指す。
途中、アイガーバンドなど氷河を眺める停車場が 2つある。
電車の終点からはエレベーターで 4階に登り、氷に覆われたアイスパレスを抜けてユングフラウヨッホ の展望台へ出る。
アイスパレスは氷で滑り易かったが、足元に注意して展望台へ出ると、日光が燦々と輝き、目が痛いほど良い天気。
アイガー・メンヒだけでなく遠くの山も良く見えた。
ここは標高3700?。
富士山とほとんど変わらない高さだった。
下の階の売店では絵はがきを切手付きで売っている。
ここのポストに投函すれば世界で1番高い所の消印で郵送される。
僕も1枚投函。
何だか足と頭がスッキリしない。
どうも高山病の影響が出ているようだ。
1時間ちょっとで帰路につく。
クライネシャイデックで昼食。
ここは日本人観光客が多いとみえておにぎりや蕎麦まである。
そして日本語の看板も出ている。
ガイドさんの話だとインターラーケンとグリンデルワルドの宿泊客の30%は日本人だそうだ。
この回りはお花畑が沢山ある所だが写真もいくらも撮らないうちに出発時間になってしまった。
電車に乗ると雨が降り出し、アイガーの山頂付近はもう霧に覆われていた。
途中、グリンデルワルドで乗り換えてインターラーケン帰着は 15:30。
夜まで自由行動なので各自お土産を見に行く。
インターラーケンの街はインターラーケン オスト駅からインターラーケン ベェスト 駅まで続く一本道沿いに広がる。
街中は日本人が多い。
大きな売店には日本人の店員もいて、買い物にも不自由しない。
時計、ベルト 、アーミーナイフ など沢山買ってしまった。
19時から夕食。
スイスへ来て始めてステーキを食べる。
今日のホテルビクトリア ユングフラウはインターラーケンで五つ星のホテルだけあって、料理もサービスもとても良かった。
コーヒータイムには従業員のヨーデル演奏などもあった。
また、早めに就寝。
明日の朝は早いのだ。
5月25日(日曜日)
モーニングコール 5分前に目が覚める。
窓から外を見ると今日は一面に雲がかかり、すっきりしない天気。
ユングフラウは顔さえ見せない。
カメラだけ持って外に出る。
ホテル前の公園から写真を少し撮る。
小さな花も少し摘んで押し花にする。
朝食はフライドエッグ にしてアメリカンタイプの朝食を楽しむ。
今日はバスでシャモニーに出てモンブラン観光の予定。
今日のコースはインターラーケンからアウトバーンに乗り、トウーン→ベルン →フリプール →モントルー と通りマルティニ の手前からシャモニーに向かう約 3時間のバスの旅。
途中には相変わらずスイスの広大な牧場や真っ白い山々など牧歌的な風景が広がる。
マルティニ を過ぎると大型バスが通るのが大変な山道を登って行く。
峠の途中でフランス領に入るとスイス側よりも道が悪くなる。
シャモニーに近づくとインターラーケンの雲が嘘のように晴れてくる。
シャモニー到着は12時近かったが、先に山頂へ行くことにしてロープウエィに乗る。
ロープウエィの傾斜角度日本一は飛騨高山の奥から西穂高岳に登っている新穂高ロープウエィだが、それの何倍も急角度でシャモニーの街からモンブランの山頂まで通じている。
窓から下を見ているとシャモニーの街がたちまち小さくなっていく。
ゴンドラは立席だけで50?60人は乗れる大型ゴンドラである。
中間駅までのロープウエィでは、下側の窓からどんどん小さくなっていくシャモニーの街とモンブランの反対側の山を見ていた。
中間駅で乗り換えてからは、山頂側の窓の方から富士山よりも高いモンブランの山頂を眺めていた。
モンブランという山は全山が岩稜で覆われ、切り立った岩が累々と積み重なって日本の山では見られない山容である。
中間駅から上は雪に覆われ、ゴンドラの中にはスキーを抱えた人もいる。
ゴンドラの山頂駅では、まるでエレベーターのように垂直に釣り上げられる感じで到着する。
これで標高3845?という富士山よりも高い所へ到着する。
ここからはエレベーターが展望台まで通じている。
山全体が岩でできているため、この展望台も切り立った大きな岩の上にあり、エレベーターが発着する建物と展望台とは小さな吊り橋で結ばれている。
足元を見ると高所恐怖症でなくても恐ろしいと感じる。
でも、天気が良く山頂や麓の街まで見える。
山頂のレストハウスで少し休んだ後、下界へ向かう。
中間駅の岩場からパラグライダーで飛んでいる人を沢山見る。
中間駅の岩場は、少し平地があるが途中から急角度で切れ落ち、高度も大変なもの。
飛ぶことの楽しさよりも恐ろしさの方が先に立つ。
シャモニー駅前のレストランで食事。
もう14時になっていた。
ここからジュネーブまでは 1時間と少し。
また、アウトバーンを通ってジュネーブへ。
またフランスとスイスの国境を通ったが、フランス側は誰もいなくてスイス側だけきちんとチェックしていた。
国民性の違いが良く表れている。
ジュネーブからはTGVかと思ったが、今回は 1時間の空の旅でパリに入る。
空港からレストランに直行し夕食。
今日の夕食は中華料理だった。
レストランを出たのは10時前だったが、まだ空は薄明るい。
パリのホテル、グランドホテル インターコンチ はオペラ座の前にある大きなホテル。
この旅行で初めて最上階の部屋を貰う。
5536号室。
5階とはいえ、パリの街は建物すべて34?に制限されているため、ベランダからはパリの街が一望できる。
5月26日(月曜日)
朝6:50に目が覚める。
このホテルの朝食には日本食のバイキングがあって、それを食べてる人が多かったが僕はパンとフルーツ。
日本食は味付けやお菜がちぐはぐで美味しくなかったそうだ。
パリの初日は市内観光。
前回と同じセーヌ川沿いを走りポンヌフなど見ながらノートルダム寺院へ。
今日のガイドさんは黒川さんという小柄で可愛い人。
スイスのガイドさんは若い人はいなかったが、フランスでは若い人が多いようだ。
寺院の裏庭で写真を撮り、門の所で売っていた絵がメルヘンチックで綺麗だったので買う。
エッフェル塔を回ってホテルへ帰着。
お昼は自由行動なので、日本食堂「きんたろう」へ行く。
ホテル周辺の専門店を見て歩く。
シャネル、フェラガモ、マキシムなど。
歩き疲れて街のテラスで一休み。
着飾って歩くパリジェンヌをゆっくり眺めているのも良い。
ホテルで休んでからすぐ眼の前の三越へ行く。
10年前はあまり日本人店員がいなかったが、今回は各売り場に日本人店員がいる。
そして、買い物をしている人も日本人が多い。
お金はここでほとんど全部使ってしまったが、もうあとは自分のもの以外は買わないつもり。
夜、リドが予約してあるので 5時頃シャワーを使う。
リドには7:30出発。
食事はたいして美味しいとは思わなかったが、リドのショーはとても良かった。
女の子はヌードだが、見ていて楽しくヌードでなくても通用する。
女の子は身体の線が崩れたらクビだそうだ。
仕掛けも大掛かりで舞台の上にスケートリンクが出現したり、空を飛んだり、見ていて楽しかった。
5月27日(火曜日)
いつの間にか旅の最終日。
朝のモーニングコールもなくのんびり起きる。
朝食ものんびり。
それから買い物に出発。
今日はオペラ座の反対側、松阪屋に行く。
こっちの方が三越よりも安い。
貴金属30%オフの誘惑に負けて、安いのを買う。
隣のランセルに行く。
ここでも結局財布を買う。
自分のものはニナリッチのカフスだけだった。
どこの店にも日本人店員がいて、パリにいかに日本人が多いかを表している。
一旦ホテルに戻ってからパリの散策に出掛ける。
街角はNATOの会議があるとかで、警備が厳重。
道が判らなくなり、警備の警官に聞く。
コンコルド広場に出て公園を突っ切ってシャンゼリゼの大通りに向かう。
公園の中は、ベンチに腰掛けてのんびりしている人や犬を散歩させている人など、陽だまりの中でゆったりとしている。
シャンゼリゼの通りを凱旋門の方に向かう。
この通りも車道と同じくらい広い歩道が両側に広がり、そこに飲食店がテラスを出している。
パリに到着した時のガイドさん、藤原さんが言っていた。
こうした店で、通りを歩く人を見ながらお茶を飲むのがパリジャンだそうだ。
見られる方も心得ていて、私が素敵だから見られているのだワ、と思うのだそうだ。
時間が丁度お昼時に重なり、そうしたテラスはとても混んでいる。
それでも空いている店を見つけて、一番通りに面した所に席を取る。
まずビールを注文し、メニューはフランス語が判らないので絵の入っているメニューで注文。
束の間のパリジャンの気分を味わったあと、凱旋門まで歩いて行った。
ベルサイユ宮殿の見学ツアーは 2時30分出発。
パリ郊外30?の所にあるこの城は太陽王ルイ14世が作った城で、フランス革命の時ルイ16世とその妃マリー・アントアネット が処刑されるまで住んでいた城だ。
僕は前回の時、オーストリアでマリー・アントアネット の母、マザー・テレサ の住むシェーンブルク 宮殿を見ているので、神聖ローマ帝国の影響を考えずにはいられない。
ヨーロッパの王家というのは皆ハプスブルク家の血が入っているのではないだろうか。
閑話休題。
ベルサイユ宮殿はシェーンブルク 宮殿よりも壮大で豪勢。
人民の窮迫を余所に、こんな豪勢な生活をしていたから処刑されたのだ。
城の中はマリー・アントアネット が使っていた寝室や舞踏会を行った大きな鏡の間と名付けられた部屋を見ることができるが、各国の団体が大勢いて大混雑していた。
ホテルへ戻ってからちょっとだけ三越へ行き、パックを買う。
お土産が持って帰れそうもなかったので、それを入れるでっかいバックを買ったのだ。
三越の店員はフランス人であっても大概日本語を話せる。
松阪屋は英語もダメな人がいる。
夜のサヨナラパーティはホテルから20分位離れた所にある見ただけでも値段の高そうなレストラン。
ワインも食事も美味しかった。
食後にはチーズも出たが、匂いが強くなく僕でも食べることができた。
デザートは野イチゴをふんだんに使ったケーキ。
コーヒーも味が良かった。
ホテルに戻ると10時過ぎ。
荷物作りに追われて遅くなってしまったが、パリの最後の夜に名残を惜しんだ。
5月28日(水曜日)
モーニングコールは朝早く5:30。
今日だけは朝食もルームサービス。
忘れ物のないのを確認してバスへ。
ドゴール空港までは渋滞もなくスムース。
ここで免税の申請と出国準備に時間がかかる。
他の人々は、空港ロビーの免税店で最後の買い物をするのに余念がないが、僕はもう達観。
ジュネーブまでは 1時間。
我々はトランスファー のため外には出られないが、ここでも買い物をするのに皆、走り回っている。
僕はスイスで買い損なったものがあったので免税店を覗いて回ったが、結局買えなかった。
でもスイスフランの小銭が残っていたのでチョコを一枚買う。
飛行機への搭乗開始は11時20分。
これからまた12時間の空の旅だ。
飛行機は来る時と同じドイツ →バルト 海→モスクワ→シベリア上空→ハバロフスクから新潟に入り成田というコース。
水平飛行に入ってすぐお昼のサービス。
ライスがお菜でパンが主食という変わった機内食。
上空も良く晴れていてバルト海の海岸線が見える。
シベリア上空では太陽が真っ赤に染まっているものの、沈み切らないうちに夜が明けるという変わった経験をした。
機内ではヨーロッパ時間の19時過ぎ位から飛行機の窓を閉めて寝ている人が多い。
夕食(朝食?)が出たのは成田到着 1時間ほど前。
食べ終わるとすぐに日本の国土が見えて来る。
外は朝の陽光がいっぱいに輝いている。
成田空港到着は予定どおり朝 7時過ぎ。
ヨーロッパ時間では深夜。
これから横浜経由で家まで帰ると、結局1晩、消えてしまう。
成田発8:15の成田エキスプレスには乗れなかったので、9:15の横浜行きで帰る。
横浜で乗換え、駅からは重いスーツケースをガラガラ押して家に帰り着いたのはもう 2時になっていた。
バーゼルの町

バーゼルを流れるライン川

スイス国鉄の貸切列車「レッドアロー」号。
チャーチル卿も乗ったことのある電車で、編成された列車にはサルーンカーも付いている。

プリーク近くの車窓からの風景。
ローヌ河と、それに並行して走る国道が遥か下に見える。
スイス国鉄は断崖のかなり上を走っている、ということ。

シオンのレストラン「デユラック」で迎えてくれたアルプホルン。
ここのラクレットがとても美味しかった。
(この店では、主人がチーズを皿に盛ってくれる。
その皿を暖める機械もある)

インターラーケンのヘーエマット公園からユングフラウを望む

登山電車から眺めるラウターブルンネンの街と渓谷

ユングフラウへの基地、クライネシャイデック

いかにもスイスらしい牧歌的な風景。
登山電車でグリンデルワルドに降りていくところ。

モンブランの麓、シャモニーの街。
ケーブルカーは急角度で登って行く。

モンブランから眺める下界の景色

パリで。
ノートルダム寺院にて

シャンゼリゼを凱旋門に向って

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