ロマンチック街道の旅(2)スイス編

グリンデルワルド旅行記

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旅行記タイトル:ロマンチック街道の旅(2)スイス編

旅行期間:2001/06/05〜2001/06/06

旅行記の内容:《ロマンチック街道の旅(1)ドイツ編の続きです》

6月5日(火)天候:快晴
今朝は7時のモーニングコールだが、6時前に起き出す。
窓から外を覗くと昨日以上の快晴だ。
文子を起さないようにして着替え、散歩に行くことにする。
朝のヘーエマッテ公園からははるかにユングフラウの山並みが見える。
この公園からこういう景色が見える日は、ユングフラウの頂上も良い天気だ。
早く頂上に行きたいものだ。
ホテルに戻ると文子が起きているので、朝食前に外へ連れ出す。
ニュージーランドではクライストチャーチのハグレー公園を自転車を借りて一周したが、ヘーエマッテ公園はそこまで広くはない。
でも、スイスにしてもニュージーランドにしても、こうした公園を都市計画の中できちんと守っているのは偉いものだと思う。
この公園の歩道寄りには花壇があり、いつも綺麗な花が咲いている。
公園の中は手入れの行き届いた綺麗な芝生になっていて、日本のように芝が擦り切れたりしていない。
この芝生の中に入ってユングフラウを背景に記念写真。
それからインターラーケンの街をヴェスト駅まで歩く。
この街はヴェスト駅からオスト駅まで歩いても20分くらいだ。
早朝なので商店はどこもやっていないが、感じだけはつかめたと思う。
ホテルに戻って朝食。
散歩をしていたので朝食が遅くなり、今朝は林さんに先を越されてしまった。
朝食はこのホテルでもバイキング形式でハムやポテトを取ることができたが、僕たちが遅かったので玉子はなくなってしまった。
でも、出発も9時と遅いのでのんびり食べることができた。

ホテルがオスト駅に近いので電車で行くとばかり思っていたが、バスでラウターブルンネンまで行くという。
工藤さんに聞くとシュタウブバッハの滝を見るのだそうだ。

たしかに、あの滝は美しいが登山電車から見ると村の教会を前景として崖から一直線に流れ落ちる滝の全体が見えるから素敵なので、近くで見れば良いものでもない。
この日ばかりは、余計な回り道をしないで早く頂上に上がって欲しかった。
でも、団体行動なので仕方がない。
それに、この滝を近くで見るのは初めてでもある。
バスを駅のところで降りてからそのまま舗装道路を行くこと15分。
右手の断崖の上から滝が落ちている。
でも教会は道路の左手だし、滝の落ち口の辺りは家が建っていて良く見えない。
やっぱり登山電車の車窓から見るのが一番良いし、スイスらしい風景でもある。
駅に戻って電車を待つ。
この電車に乗ったら景色の良い方向に座るよう、文子や林さんに教えておく。
電車は単線なので3両?4両編成の電車が何編成か連続して登って行く。
我々の車両は1両の半分くらいが貸し切りで、乗る車両に30名と書いてある。
でも工藤さんがいなければ何にも読めない。
発車して直ぐに今行ったシュタウブバッハの滝が右側に見えて来る。
やっぱりここからの滝が一番美しい。
電車はだんだん高度を上げて行き、ラウターブルンネンの街が下の方になってくると、雪に覆われた美しい山々と、断崖に囲まれた渓谷沿いの小さな村が見えるようになる。
やがて電車はヴェンゲンの駅に到着。
ここはスキーの基地であると同時に環境保護の村だ。
自動車は電気自動車しか走ってはいけないことになっている。
さらに高度を上げて行くとスイスらしい牧歌的な風景が広がり、緑の草原に咲き乱れる花々と放牧された牛や羊たちが現れる。
下の方で見られた針葉樹は数えるほど疎らになるが、草原の中でポイントにはなる。
牧場の中に点在する家々は高く積まれた白壁の基礎と焦げ茶色の木造の家。
窓枠は緑か赤に塗られ、その窓には綺麗な花が飾られている。
緑の草原に良く似合う家で、日本で流行っているログハウスよりも、こんな家の方が良いかもしれない。
草原の中にはハイキングコースが付けられていて、各所の展望台に続いている。
やがて森林限界を超えるとユングフラウの真っ白な山が姿を現す。
クライネシャイデックの駅は右手にカーブした所にあるが、その直ぐ左手がアイガー北壁だ。
オーバーハングしているところは黒い岩肌が覗いているが、ほとんど一面、雪の壁だ。
クライネシャイデックで待つ間もなく、電車を乗り換える。
ここからはトンネルの中ばかりなので、どこに座っても同じ。
このトンネルは上高地の釜トンネルと同じように岩盤剥き出しで、40年の歳月を掛けて完成させたという。
辛抱強さと気の長さは日本人には真似できない。
トンネルの中には登り電車と下り電車の交換のためもあるが、二つの駅が存在する。
アイガーバンドとアイスメーアだ。
どちらもアイガー北壁を穿った窓で、クライネシャイデックからでも良く見れば見えないこともない。
アイスメーアとは氷の窓の意で、アレッチ氷河を見ることができる。
終点の駅がユングフラウヨッホだ。
ここは3454?もの高さがある。
インターラーケンから電車だけでヨーロッパの最高所まで一挙に上がってきてしまう。
そのため高山病に掛かる人もいるが、僕も少し足がふらついた。
でも、林さんのご主人がちょっと重症のようだ。
折角ここまでやってきて何も見れなかったら残念だが、何とか歩き出す。
ここでの自由時間は1時間しかない。
ユングフラウヨッホには二つの展望台がある。
スフィンクス展望台とプラトー展望台だ。
スフィンクスの方はエレベーターで上がるが、建物からの眺めになる。
プラトーの方は雪原の上に出られるのでこちらに行くことにする。
駅から休憩所に繋がっており、ここからアイスパレスへの案内がある。
案内板には日本語もあり、迷う心配はない。
工藤さんがスフィンクスへ先に行った方が良い、と言ったためか、アイスパレス(氷の宮殿)方面に行くのは僕たちだけのようだ。
アイスパレスに入ると、その名のとおり一面の氷で足元もツルツル滑る。
途中には氷の彫刻もあり、手摺も冷たい。
氷の中で道がいくつかに分かれているが、分岐には案内がある。
プラトーの雪原に出るには、途中から木の階段が付けられている。
ここを出ると、明るい陽光が一杯に広がる雪原の上に出る。
出たところはアレッチ氷河の直ぐ上で、ここから雪の斜面を少し登らなければならない。
ここからはユングフラウもメンヒも良く見える。
雪は固く締まり、まだまだ春が浅い感じがする。
プラトーの最上部で記念撮影。
雪の上には誰が作ったか、雪ダルマまである。
林さんの具合もここまで来たら良くなったようだ。
広い雪原の反対側にはスイス国旗が掲げられた木のポールがあり、ベルナーオーバーランドの山々が良く見える。
前回も好天だったが、今日は今までで一番良い天気だ。
最初に来た時はスフィンクスの方から見たが、あの時はクライネシャイデックで雨になり、その雨に誘発されてアイガーから雪崩が起きた。
アイガーの雪崩もめったに見られるものではない。
それも良い想い出である。

ここにはいつまでもいたい気がするが、そうも行かない。
再び氷のトンネルを通って駅に戻る。
このユングフラウヨッホの駅も地下駅だが、売店や喫茶室もある。
このコーヒールームで工藤さんお勧めのホットチョコレートを飲む。
身体が芯から温まるし、味も美味しい。
この駅には、日本で昔見かけた丸いポストが設置してあり、ここで投函すると世界で一番高いところにある郵便局の消印が押されて日本に届く。
一番最初に来た10年前、ここから家に絵はがきを出したが、僕が日本に帰った方が早かった想い出がある。
帰りの電車はさっきの二つの駅で止まることは止まるが、降りることはできない。
クライネシャイデックに戻って昼食。
ここでは、日本の観光地のレストランと同じで、あんまり良いものは食べられない。
それよりも早く外に出て、お花畑やアイガーの山々を眺めたい。
文子と二人で駅の向こう側にある小高い丘まで行く。
ここはユングフラウとメンヒが正面に眺められる。
丘の上は多少草がはえているが、ところどころに雪が残り、草のない地面は雪解け水でぬかっている。
クライネシャイデックの駅の向こう側にはアイガーの北壁が聳え、これも絵になる風景である。
この丘はハイキングコースの入り口らしく、外人(僕らが外人?)のカップルが足仕度を整えて歩いて行った。

クライネシャイデックの駅に停まっている電車の前でも写真を撮るが、この電車は大きさといい、グリーンの色合いといい、湘南を走る江ノ電のようだ。
クライネシャイデックには写真屋が連れている大きなセントバーナード犬がいて、この犬と写真を撮ると高く買わされるが、お土産屋周辺を歩かなかったこともあって今日は出会わなかった。
セントバーナードは英語読み。
スイスのイタリア国境沿いにサンベルナール峠というのがあって、この峠がセントバーナードの生まれ故郷だ。

クライネシャイデックからは再び電車でインターラーケンに戻る。
今度はグリンデルワルドを経由していくのだ。
クライネシャイデックを下り始めて直ぐに、アイガー北壁の直下を通るが、山の風景はここまでで、これを更に下って行くと草原やグリンデルワルドの村など、スイスらしい風景が広がる。
下りの電車も大勢の人が乗っているが、どっかの国の観光地みたいにすし詰めにしないのが良い。
電車が満席になれば次の編成を作るので、グリンデルワルドに向かって我々の編成の前後にも電車が走っている。
カーブの時に見える前後の電車も写真の対象として面白い。

アイガーを過ぎると雪も減り、草原に花々が見られるようになる。
黄色、薄紫、白、ピンクなど色とりどりで美しい。
草原の線路に沿ってハイキングコースが並行しているところがあり、何人かの人が歩いている。
中には上半身裸の人もいる。
これだけ天気が良ければ登りでは暑いだろう。
反対側の草原の上には牛や羊が放牧されている。
アルプスの少女ハイジに出てくるようなイメージは、この草原の彼方にグリンデルワルドの村が見えるあたりが一番似合うかもしれない。
手前の草原に花が咲き、草が風にそよぎ、緑の彼方に白と濃い茶色の家が小さく見える。
その窓には花が飾られ、庭の白樺の幹の白さが引き立つ。
そんな風景がグリンデルワルドの手前のあたりの風景だ。
電車はグリンデルワルドの一つ手前の駅グラウド(Grund)でアプト式のように向きを変え、グリンデルワルドに到着する。
この村も確かに日本人に人気の村で、日本語観光案内所などもあるが、滞在型には良くても短時間の観光には向いていない。
ここで少し自由時間が設けられたが、僕は早くインターラーケンに戻りたかった。
というのは、スイスの民芸品などのお土産ならインターラーケンでもグリンデルワルドでも変わらないだろうが、インターラーケンの方が専門店が揃っている。
スイスでのお土産は全部インターラーケンで買うつもりだったのに、このままでは専門店が閉まってしまう。
グリンデルワルドの村の中だけではあんまり良いところもなかったが、駅前の商店におにぎりが置いてあったのでそれを買い公園で食べた。
お花畑の中で写真を撮りたいと思っていろいろ歩いたが適当なところがない。
駅の構内の引込線のようなところに良いところがあったので、そこで撮る。
ここからはアイガーを見上げることができる。

もともとグリンデルワルドはアイガーの登山基地として有名になったところだ。
日本人の有名な登山家が何人も来ているが、アイガー北壁を始めて登った茅野光彦が天候の良い時を狙って滞在していたことでも知られる。

インターラーケンに戻ったのは結局17時30分になってしまった。
ホテルに戻らず、町中で降りたのは僕たちと千葉の新婚さんだけ。
手近な店からウインドゥショッピングを開始するが、直ぐに目的のものが見つかる訳でもない。
あっちの店、こっちの店を見ながら歩いて行くから時間も掛かる。
結局、オスト駅の近くからヴェスト駅まで歩いてしまった。
この日は自分たちで夕食を食べることになっているからそのお店も探さなければならない。
掛け時計とアルプスの花(日本語版)という本を買ったお店でパスタが食べられるお店を教えてもらい、そこへ行く。
ヴェスト駅の正面で、日本語のメニューが張ってあった。
もう19時になるが、まだ陽は高いし、テラス席にいると暑いくらいだ。
日本語メニューを貰い、サラダとパスタを注文して黒ビールも頼む。
サラダは野菜サラダだが、大きなお皿に山盛り一杯だった。
これだけ食べれば菜食主義者も満腹かも、と納得する。
パスタが大きなお皿で1皿だけ運ばれてきたので、二人で分けて食べるのカナ、と思っていたら同じ大きなお皿がもうひとつ来る。
この大きなお皿が一人前だなんて食べれないヨー、と文子が言う。
この大きなお皿に挑戦している時にテラスの下の道路を林さんが通る。
奥さんが手を振るので僕たちも手を振る。
結局、林さんたちも、この店でパスタを食べることになった。
コーヒーまで済ませて林さんより一足先に店を出る。
こんなに沢山食べて50フラン(約3500円)だった。

再びショッピングの続き。
この街を歩くのは今回を含めると3回目だが、いつ来ても安心な街。
暗くなってからでも日本の田舎を歩いているようで安心感がある。
さっき見て回った時、ゾーリンゲンの包丁が置いてあるお店があったのでそこで買う。
スォッチの時計が欲しかったがお土産屋では良いものがないし、置いているお店も以前に比べて減った感じがする。
ホテルの近くの時計の専門店に、とっても良いデザインの時計があったのを見付けたが、この時間ではオープンしていない。
結局時計を買うのはパリに繰り越しになってしまった。

このツアーはインターラーケンに2泊するので選んだのだが、インターラーケンの時間が短くて思うように買い物ができなかった。
この前の時は朝早く電車でユングフラウに行き、街に帰ってきたのが3時頃。
ラドーの時計を買ったお店も専門店だったが、充分に見て回る時間があった。
今回は朝のシュタウブバッハの滝とグリンデルワルドが余計だった。
あるいは、前日、もっと早い時間にインターラーケンに到着して貰いたかった。
昔のJTBの団体旅行はこんな感じで、何でもできあいのものを見て周り、提携しているお土産屋で物を買わせるやり方だった。
確かに工藤さんがいれば言葉の心配はないし、電車の時間や行く先確認をしなくても済む。
でも、出来合いのコースでは観光地ばかり巡り、豊かな自然や自由な散策に費やす時間がなくなってしまう。

そんなことをしてホテルに戻ったのは9時頃。
今日もお風呂に入れないと困るので早めにお風呂に入る。
でも、やっぱりさっきのお土産屋で見た柄の付いたナイフが欲しくなり、文子がお風呂に入っている間にもう一度買いに行く。
この時はスイスフランがなくなってしまいカードで買ったのだが、店の前で工藤さんにぱったり会ってしまった。
夜の10時だというのに、この街は一人で歩いても怖くない。
スイスはだいたい治安の良い国だが、この街は特に安心なような気がする。


6月6日(水)天候:雨のち曇り
目覚めるともう、スイスからフランスに移動する日。
今朝も7時のモーニングコールである。
ここまで書き忘れたが、モーニングコールは全てベルが鳴るだけ。
どこへ旅した時か忘れたが、オペレーターが生の英語でGood Morning.Have a nice day!と言うホテルもあるので、僕は受話器を取るたびに英語で何か答えていた。
起きて外を見ると雨。
それも雷を伴って結構激しく降っている。
ユングフラウへ行くのが昨日で本当に良かった。
去年の夏、日本海でキャンプした時は大雨だったし、北海道のオンネトーには2回行って2回とも台風だった。
楽しみにしている場所でも天気ばかりはままならない。
尤も、これまでユングフラウでは悪い天気に当たったことはないけれど、今回はツアーの中に誰か晴れ女でもいるのだろうか?
朝食を済ませて出発の準備。
今のところお土産はスーツの中に収まっている。
バスはスイスの首都、ベルンに向かう。
インターラーケンの景色、ヘーエマッテ公園から見るユングフラウの山並みも当分見ることはできないだろう。
さよなら。
インターラーケン。
バスの外は雨だし退屈、と思っていたら意外と短時間でベルンに到着する。
着いたところはベルンの町並みが一望できるバラ公園。
折りしも雨が上がり、雨に洗われた市街の茶色の屋根が綺麗だ。
緑の森が城壁のように市街を囲っている。
中心部には例によって教会の尖塔がひときわ高く聳えている。
ここは高台にあって市街を見下ろすのに丁度良い。
ここから市街に下る道を辿るとクマ公園に出る。
何故クマかというとベルン州の州旗がクマなので、市民のアイドル的存在らしい。
でも登別のクマ牧場のように立ち上がってエサをねだったりしない。
この公園の脇にトイレがあり、ここはトイレ休憩に立ち寄ったようなもの。
でも、市街へ続く橋やトラムなどを写真に納めた。

ここから再びバスの旅。
アウトバーンを通ってグリュィエール(Gruyeres)へ向かう。
グリュィエールはエメンタールとともにチーズの代表的な産地だ。
今日のお昼は、ここでラクレットを食べることになっている。
途中の車窓からはスイスの牧歌的な景色が見えているがアウトバーンを降りてグリュィエールに近付くと、その景色が更に田舎染みてくる。
田舎染みる、と言っても悪い意味ではない。
人家が本当に少なく見渡す限りの牧草地、といった感じで、僕の好きな風景である。
グリュィエールは小高い丘全体が城郭で、村は城郭の中にしかない本当に小さな村。
その城の向こうには、名前は知らないが特徴的なとんがり山が聳えている。
バスの駐車場は中腹だ。
11時40分に着いてから小一時間のフリータイムがあるので、その素敵な風景を撮りに行く。
丘の下まで戻ると牧草地が広がっている。
本当は入っちゃいけないのかもしれないが、インターラーケンでもグリンデルワルドでも近くで見ながら行かれなかった大草原がここにあるのに入らないでいる方が無理というもの。
雨上がりで草が濡れているが、民家の脇から入ってしまった。
畑は自然な丘陵のままで少し上り坂になっている。
その頂上付近で本当のスイスを撮影できた。
それに、ここから眺めるグリュィエールの城もなかなか良い。

初めてスイスに来た時、サンベルナール峠のふもとにあるグラン・モンタナというイタリア国境に近い村へ行ったが、その周辺が牧草地や色とりどりのお花畑で感動した。
「そうだよ。
スイスっていうのはこういう感じなんだ。
」と自分がスイスに対して抱いていたイメージが本当のものだったのだ、とこの時初めて裏付けられた思いだった。
今回はツアーであんまり自然に触れる機会がなかったけれど、初めてスイスを訪れた文子はグリンデルワルド周辺、クライネシャイデックの付近、そして、このグリュィエール周辺と、どこが文子のイメージに合っていたのだろうか。

この牧草の畑からグリュィエールのお城には坂道が続いている。
その坂道を外国人の家族連れが歩いている。
僕たちも、その人たちの後に続くとやがて城門に達する。
この城門にも櫓があり、銃眼が穿たれている。
この城門を入ると歩道に石が引き詰められており、その周りに民家が建っている。
昼食までまだ時間があったので、周辺のお土産屋さんを覗いてみる。
この街のお土産屋さんは、どこも小さな店ばかり。
ちょっと気に入ったティシャツがあったが、スイスフランがすっかりなくなってしまったので諦めていると、どこの店でもカードで大丈夫ですよ、と工藤さんが教えてくれる。
江ノ島のお土産屋でカードを出したようなものだ。
お昼のラクレットは林さんたちがテーブルを確保しておいてくれた。
過去2回食べたラクレットは、小さなレストランだったせいか、お店の人がチーズを盛ってテーブルに置いてくれたが、ここでは自分たちですくい取る。
各テーブルにグリュィエールチーズとそれを上から暖める電熱器が置かれ、柔らかくなったらフォークとナイフで好きな量だけすくい取る。
ポテトは大きな籠でテーブルに置いてある。
とても美味しくて、しかも、誰にも気兼ねなく自分で出来るので沢山食べてしまった。

この頃は日本でもラクレットが知られてきたので、有名なお店に行けばラクレット用のチーズを売っている。
八ヶ岳の農場でも自家製のチーズを売っていて、これで家でラクレットをやったことがあるが、レンジやオーブンでは上手くいかない。
本格的にやるなら、ここと同じようなアイロンを逆さまにしたような電熱器がいる。
ここのレストランはウィーンのホイリゲと同じように何だか穴倉のような感じだったが、ここはもともとチーズを寝かせておくための場所だったそうだ。

すっかり満腹で外に出る。
ゆっくりバスの駐車場に向かうと城壁からの遠望もなかなか素敵なので、これも何枚か写真に納めた。
グリュィエールからレマン湖のほとりを通り、シヨン城を見学した後ローザンヌからTGVに乗るのだ。
グリュィエールからシヨン城までは意外と近く、30分ほどで着いてしまう。
ここはレマン湖に突き出したお城でスイス国鉄に乗ってヌーシャテル湖の方から来ると、左側に美しい景観を見せてくれる。
しかし、このお城も今日は外壁の工事をしていた。
このお城は何と言っても、イギリスの詩人バイロンが「シヨンの囚人」という詩を書いたから有名になったので、城内には実際に囚人がいたという地下牢もある。
このお城の案内も工藤さんではなく、専属のガイドさんが行う。
シヨン城は13世紀に建てられたものが現在でも大部分を占めているそうだ。
各フロアに通じる階段は狭いが、湖に面した各部屋からはレマン湖の景色が眺められる。
城と道路とは橋1本で結ばれているが、この橋の下からはボートで湖に出て行ける。
城外に小さな売店があり、バイロンのシヨンの囚人の案内書を売っていたので、ちょうど残っていた10フランを使ってしまった。

ここからローザンヌまではいくらもかからない。
ローザンヌでバスの運転手さんともお別れになる。
ローザンヌの駅は今までのスイスと違い大勢の人で混雑している。
今までがノンビリしすぎていたため、田舎の人が急に東京に出てきたような感じがする。

TGVはフランスが誇る新幹線。
電車も流線型でいかにも速そう。
我々の電車は17時51分発である。
これでパリのリヨン駅に到着するのが22時。
社内は4列シートで、ほとんどが禁煙車。
工藤さんから飛行機のチケットのような切符を渡されて乗ってみたら林さんと一緒の列。
ここまで来ると30人の中でもグループができているので、そんなところにまで配慮する工藤さんは大変。
TGVがローザンヌを出発する時は、日本のようにアナウンスもなく、ベルも鳴らず、定刻になると発車してしまう。
これはスイス国鉄も同じで、電車とホームの関係も日本と異なり電車の方が一段高くなっている。
でも、駅とホームの関係はバリアフリーが徹底していて、階段などどこにもない。
ローザンヌ駅の地下へはスロープだったし、パリのリヨン駅はホームと外とは平らになっている。
電車はローザンヌを出ると見渡す限りの大平原の中を走って行く。
まさしく大平原。
車窓から見える範囲に山もなければ家もない、という地平線の彼方まで緑の平原が続いている。
近くで見れば牧草地があったり葡萄畑があったりするのだろうが、車窓からでは全てが緑に見える。
それから、ここまで来て初めて見たのが電柱。
日本人には見慣れた電柱だがドイツでもスイスでも電柱を見掛けなかった。
トラムの架線は別だが、あのグリンデルワルドでさえ見掛けなかった。
それがこの大平原には時々出てくる。
人家がないところでは電柱にしているのだろうか。

この日の夕食は新幹線の中でお弁当だった。
弁当は10年前のスイスの時、幕の内を食べたことがあるので、またそれかと思ったら洋風のお弁当だった。
何年か前、幕の内で中毒者を出したことがあり、それ以来洋風のお弁当になったという工藤さんの話しだった。
4年前のスイスの時はジュネーブからパリまで飛行機だったが、たった1時間の飛行なのに夕食がサービスされ、パリのホテルに着いてからも夕食がセットされており折角の美味しいものが充分食べられなかった想い出もある。
とにかく、スイスからパリへの移動の食事はあんまり良い想い出はない。
今回の洋風お弁当もチキンとパンが2個、それにミネラルウォーターと果物、プリンなどが付いている。
量も多いし、パンは固い。
日本人に合うものならケンタッキーかマクドナルドで充分なのに。

22時、定刻より少し遅れてパリのリヨン駅に到着。
パリにはパリ駅という駅はない。
リヨンのほかサン・ラザール駅など4つの駅が周辺にあるだけだ。
これからホテルに入るのだが22時という到着はちょっと遅過ぎるのではないか。
ジュネーブあたりで泊りにしてパリに入るのを半日遅らせるか、シヨン城観光をカットして早くパリに入るか、どちらかにすべきだろう。
スイスでは見るべきものが沢山ある。
シャモニーもサンモリッツも行かないのだからシヨン城にも行かなくたって良いのではないか。
前日、ユングフラウが良かっただけに、何だかこの日は勿体無い気がした。

パリでの僕たちのホテルはル・グランインターコンチ。
このツアーはパリまたはロンドンでグレードアッププランがあったので最初からルグランにしたのだ。
10年前のホテルは日航だったがエッフェル塔には近いものの買い物その他はタクシーを使わなければならず不便だった。
ルグランは地理的に便利なところにあるので迷わずルグランに決めたのだが、グレードアッププランにしたのは30人の中で僕たちだけだった。
駅からホテルに行くのにルグランの方が近いため僕たちが先に降りる。
僕たちだけのために工藤さんも降りてチェックイン手続きまでしてくれて、何か申し訳なかった。
グレードアップの場合は自分でチェックイン手続きを行うこと、となっていたのでチェックインくらいなら何とかなるカナ、と思っていたのだが、今回のツアーは何から何まで全部工藤さんがやってくれるので英語慣れがしていない。
この手続きも工藤さんがやってくれて正直、助かった。
ところが部屋に行っても荷物が届かない。
暫く待っていると届くことは届いたのだが、1個間違って置いて行く。
あわててベルマンを追いかけ、廊下の途中で交渉。
何とか僕の英語も通じてやっと人間も荷物も落ち着くことができた。

部屋は4階で良い場所なのだが、ちょっと部屋が狭い。
インターラーケンの部屋が広かっただけに余計そう思うのかもしれない。

《ロマンチック街道の旅3 パリ編に続く》

写真:《ロマンチック街道の旅(1)ドイツ編の続きです》

6月5日(火)天候:快晴
今朝は7時のモーニングコールだが、6時前に起き出す。
窓から外を覗くと昨日以上の快晴だ。
文子を起さないようにして着替え、散歩に行くことにする。
朝のヘーエマッテ公園からははるかにユングフラウの山並みが見える。
この公園からこういう景色が見える日は、ユングフラウの頂上も良い天気だ。
早く頂上に行きたいものだ。
ホテルに戻ると文子が起きているので、朝食前に外へ連れ出す。
ニュージーランドではクライストチャーチのハグレー公園を自転車を借りて一周したが、ヘーエマッテ公園はそこまで広くはない。
でも、スイスにしてもニュージーランドにしても、こうした公園を都市計画の中できちんと守っているのは偉いものだと思う。
この公園の歩道寄りには花壇があり、いつも綺麗な花が咲いている。
公園の中は手入れの行き届いた綺麗な芝生になっていて、日本のように芝が擦り切れたりしていない。
この芝生の中に入ってユングフラウを背景に記念写真。
それからインターラーケンの街をヴェスト駅まで歩く。
この街はヴェスト駅からオスト駅まで歩いても20分くらいだ。
早朝なので商店はどこもやっていないが、感じだけはつかめたと思う。
ホテルに戻って朝食。
散歩をしていたので朝食が遅くなり、今朝は林さんに先を越されてしまった。
朝食はこのホテルでもバイキング形式でハムやポテトを取ることができたが、僕たちが遅かったので玉子はなくなってしまった。
でも、出発も9時と遅いのでのんびり食べることができた。

ホテルがオスト駅に近いので電車で行くとばかり思っていたが、バスでラウターブルンネンまで行くという。
工藤さんに聞くとシュタウブバッハの滝を見るのだそうだ。

たしかに、あの滝は美しいが登山電車から見ると村の教会を前景として崖から一直線に流れ落ちる滝の全体が見えるから素敵なので、近くで見れば良いものでもない。
この日ばかりは、余計な回り道をしないで早く頂上に上がって欲しかった。
でも、団体行動なので仕方がない。
それに、この滝を近くで見るのは初めてでもある。
バスを駅のところで降りてからそのまま舗装道路を行くこと15分。
右手の断崖の上から滝が落ちている。
でも教会は道路の左手だし、滝の落ち口の辺りは家が建っていて良く見えない。
やっぱり登山電車の車窓から見るのが一番良いし、スイスらしい風景でもある。
駅に戻って電車を待つ。
この電車に乗ったら景色の良い方向に座るよう、文子や林さんに教えておく。
電車は単線なので3両?4両編成の電車が何編成か連続して登って行く。
我々の車両は1両の半分くらいが貸し切りで、乗る車両に30名と書いてある。
でも工藤さんがいなければ何にも読めない。
発車して直ぐに今行ったシュタウブバッハの滝が右側に見えて来る。
やっぱりここからの滝が一番美しい。
電車はだんだん高度を上げて行き、ラウターブルンネンの街が下の方になってくると、雪に覆われた美しい山々と、断崖に囲まれた渓谷沿いの小さな村が見えるようになる。
やがて電車はヴェンゲンの駅に到着。
ここはスキーの基地であると同時に環境保護の村だ。
自動車は電気自動車しか走ってはいけないことになっている。
さらに高度を上げて行くとスイスらしい牧歌的な風景が広がり、緑の草原に咲き乱れる花々と放牧された牛や羊たちが現れる。
下の方で見られた針葉樹は数えるほど疎らになるが、草原の中でポイントにはなる。
牧場の中に点在する家々は高く積まれた白壁の基礎と焦げ茶色の木造の家。
窓枠は緑か赤に塗られ、その窓には綺麗な花が飾られている。
緑の草原に良く似合う家で、日本で流行っているログハウスよりも、こんな家の方が良いかもしれない。
草原の中にはハイキングコースが付けられていて、各所の展望台に続いている。
やがて森林限界を超えるとユングフラウの真っ白な山が姿を現す。
クライネシャイデックの駅は右手にカーブした所にあるが、その直ぐ左手がアイガー北壁だ。
オーバーハングしているところは黒い岩肌が覗いているが、ほとんど一面、雪の壁だ。
クライネシャイデックで待つ間もなく、電車を乗り換える。
ここからはトンネルの中ばかりなので、どこに座っても同じ。
このトンネルは上高地の釜トンネルと同じように岩盤剥き出しで、40年の歳月を掛けて完成させたという。
辛抱強さと気の長さは日本人には真似できない。
トンネルの中には登り電車と下り電車の交換のためもあるが、二つの駅が存在する。
アイガーバンドとアイスメーアだ。
どちらもアイガー北壁を穿った窓で、クライネシャイデックからでも良く見れば見えないこともない。
アイスメーアとは氷の窓の意で、アレッチ氷河を見ることができる。
終点の駅がユングフラウヨッホだ。
ここは3454?もの高さがある。
インターラーケンから電車だけでヨーロッパの最高所まで一挙に上がってきてしまう。
そのため高山病に掛かる人もいるが、僕も少し足がふらついた。
でも、林さんのご主人がちょっと重症のようだ。
折角ここまでやってきて何も見れなかったら残念だが、何とか歩き出す。
ここでの自由時間は1時間しかない。
ユングフラウヨッホには二つの展望台がある。
スフィンクス展望台とプラトー展望台だ。
スフィンクスの方はエレベーターで上がるが、建物からの眺めになる。
プラトーの方は雪原の上に出られるのでこちらに行くことにする。
駅から休憩所に繋がっており、ここからアイスパレスへの案内がある。
案内板には日本語もあり、迷う心配はない。
工藤さんがスフィンクスへ先に行った方が良い、と言ったためか、アイスパレス(氷の宮殿)方面に行くのは僕たちだけのようだ。
アイスパレスに入ると、その名のとおり一面の氷で足元もツルツル滑る。
途中には氷の彫刻もあり、手摺も冷たい。
氷の中で道がいくつかに分かれているが、分岐には案内がある。
プラトーの雪原に出るには、途中から木の階段が付けられている。
ここを出ると、明るい陽光が一杯に広がる雪原の上に出る。
出たところはアレッチ氷河の直ぐ上で、ここから雪の斜面を少し登らなければならない。
ここからはユングフラウもメンヒも良く見える。
雪は固く締まり、まだまだ春が浅い感じがする。
プラトーの最上部で記念撮影。
雪の上には誰が作ったか、雪ダルマまである。
林さんの具合もここまで来たら良くなったようだ。
広い雪原の反対側にはスイス国旗が掲げられた木のポールがあり、ベルナーオーバーランドの山々が良く見える。
前回も好天だったが、今日は今までで一番良い天気だ。
最初に来た時はスフィンクスの方から見たが、あの時はクライネシャイデックで雨になり、その雨に誘発されてアイガーから雪崩が起きた。
アイガーの雪崩もめったに見られるものではない。
それも良い想い出である。

ここにはいつまでもいたい気がするが、そうも行かない。
再び氷のトンネルを通って駅に戻る。
このユングフラウヨッホの駅も地下駅だが、売店や喫茶室もある。
このコーヒールームで工藤さんお勧めのホットチョコレートを飲む。
身体が芯から温まるし、味も美味しい。
この駅には、日本で昔見かけた丸いポストが設置してあり、ここで投函すると世界で一番高いところにある郵便局の消印が押されて日本に届く。
一番最初に来た10年前、ここから家に絵はがきを出したが、僕が日本に帰った方が早かった想い出がある。
帰りの電車はさっきの二つの駅で止まることは止まるが、降りることはできない。
クライネシャイデックに戻って昼食。
ここでは、日本の観光地のレストランと同じで、あんまり良いものは食べられない。
それよりも早く外に出て、お花畑やアイガーの山々を眺めたい。
文子と二人で駅の向こう側にある小高い丘まで行く。
ここはユングフラウとメンヒが正面に眺められる。
丘の上は多少草がはえているが、ところどころに雪が残り、草のない地面は雪解け水でぬかっている。
クライネシャイデックの駅の向こう側にはアイガーの北壁が聳え、これも絵になる風景である。
この丘はハイキングコースの入り口らしく、外人(僕らが外人?)のカップルが足仕度を整えて歩いて行った。

クライネシャイデックの駅に停まっている電車の前でも写真を撮るが、この電車は大きさといい、グリーンの色合いといい、湘南を走る江ノ電のようだ。
クライネシャイデックには写真屋が連れている大きなセントバーナード犬がいて、この犬と写真を撮ると高く買わされるが、お土産屋周辺を歩かなかったこともあって今日は出会わなかった。
セントバーナードは英語読み。
スイスのイタリア国境沿いにサンベルナール峠というのがあって、この峠がセントバーナードの生まれ故郷だ。

クライネシャイデックからは再び電車でインターラーケンに戻る。
今度はグリンデルワルドを経由していくのだ。
クライネシャイデックを下り始めて直ぐに、アイガー北壁の直下を通るが、山の風景はここまでで、これを更に下って行くと草原やグリンデルワルドの村など、スイスらしい風景が広がる。
下りの電車も大勢の人が乗っているが、どっかの国の観光地みたいにすし詰めにしないのが良い。
電車が満席になれば次の編成を作るので、グリンデルワルドに向かって我々の編成の前後にも電車が走っている。
カーブの時に見える前後の電車も写真の対象として面白い。

アイガーを過ぎると雪も減り、草原に花々が見られるようになる。
黄色、薄紫、白、ピンクなど色とりどりで美しい。
草原の線路に沿ってハイキングコースが並行しているところがあり、何人かの人が歩いている。
中には上半身裸の人もいる。
これだけ天気が良ければ登りでは暑いだろう。
反対側の草原の上には牛や羊が放牧されている。
アルプスの少女ハイジに出てくるようなイメージは、この草原の彼方にグリンデルワルドの村が見えるあたりが一番似合うかもしれない。
手前の草原に花が咲き、草が風にそよぎ、緑の彼方に白と濃い茶色の家が小さく見える。
その窓には花が飾られ、庭の白樺の幹の白さが引き立つ。
そんな風景がグリンデルワルドの手前のあたりの風景だ。
電車はグリンデルワルドの一つ手前の駅グラウド(Grund)でアプト式のように向きを変え、グリンデルワルドに到着する。
この村も確かに日本人に人気の村で、日本語観光案内所などもあるが、滞在型には良くても短時間の観光には向いていない。
ここで少し自由時間が設けられたが、僕は早くインターラーケンに戻りたかった。
というのは、スイスの民芸品などのお土産ならインターラーケンでもグリンデルワルドでも変わらないだろうが、インターラーケンの方が専門店が揃っている。
スイスでのお土産は全部インターラーケンで買うつもりだったのに、このままでは専門店が閉まってしまう。
グリンデルワルドの村の中だけではあんまり良いところもなかったが、駅前の商店におにぎりが置いてあったのでそれを買い公園で食べた。
お花畑の中で写真を撮りたいと思っていろいろ歩いたが適当なところがない。
駅の構内の引込線のようなところに良いところがあったので、そこで撮る。
ここからはアイガーを見上げることができる。

もともとグリンデルワルドはアイガーの登山基地として有名になったところだ。
日本人の有名な登山家が何人も来ているが、アイガー北壁を始めて登った茅野光彦が天候の良い時を狙って滞在していたことでも知られる。

インターラーケンに戻ったのは結局17時30分になってしまった。
ホテルに戻らず、町中で降りたのは僕たちと千葉の新婚さんだけ。
手近な店からウインドゥショッピングを開始するが、直ぐに目的のものが見つかる訳でもない。
あっちの店、こっちの店を見ながら歩いて行くから時間も掛かる。
結局、オスト駅の近くからヴェスト駅まで歩いてしまった。
この日は自分たちで夕食を食べることになっているからそのお店も探さなければならない。
掛け時計とアルプスの花(日本語版)という本を買ったお店でパスタが食べられるお店を教えてもらい、そこへ行く。
ヴェスト駅の正面で、日本語のメニューが張ってあった。
もう19時になるが、まだ陽は高いし、テラス席にいると暑いくらいだ。
日本語メニューを貰い、サラダとパスタを注文して黒ビールも頼む。
サラダは野菜サラダだが、大きなお皿に山盛り一杯だった。
これだけ食べれば菜食主義者も満腹かも、と納得する。
パスタが大きなお皿で1皿だけ運ばれてきたので、二人で分けて食べるのカナ、と思っていたら同じ大きなお皿がもうひとつ来る。
この大きなお皿が一人前だなんて食べれないヨー、と文子が言う。
この大きなお皿に挑戦している時にテラスの下の道路を林さんが通る。
奥さんが手を振るので僕たちも手を振る。
結局、林さんたちも、この店でパスタを食べることになった。
コーヒーまで済ませて林さんより一足先に店を出る。
こんなに沢山食べて50フラン(約3500円)だった。

再びショッピングの続き。
この街を歩くのは今回を含めると3回目だが、いつ来ても安心な街。
暗くなってからでも日本の田舎を歩いているようで安心感がある。
さっき見て回った時、ゾーリンゲンの包丁が置いてあるお店があったのでそこで買う。
スォッチの時計が欲しかったがお土産屋では良いものがないし、置いているお店も以前に比べて減った感じがする。
ホテルの近くの時計の専門店に、とっても良いデザインの時計があったのを見付けたが、この時間ではオープンしていない。
結局時計を買うのはパリに繰り越しになってしまった。

このツアーはインターラーケンに2泊するので選んだのだが、インターラーケンの時間が短くて思うように買い物ができなかった。
この前の時は朝早く電車でユングフラウに行き、街に帰ってきたのが3時頃。
ラドーの時計を買ったお店も専門店だったが、充分に見て回る時間があった。
今回は朝のシュタウブバッハの滝とグリンデルワルドが余計だった。
あるいは、前日、もっと早い時間にインターラーケンに到着して貰いたかった。
昔のJTBの団体旅行はこんな感じで、何でもできあいのものを見て周り、提携しているお土産屋で物を買わせるやり方だった。
確かに工藤さんがいれば言葉の心配はないし、電車の時間や行く先確認をしなくても済む。
でも、出来合いのコースでは観光地ばかり巡り、豊かな自然や自由な散策に費やす時間がなくなってしまう。

そんなことをしてホテルに戻ったのは9時頃。
今日もお風呂に入れないと困るので早めにお風呂に入る。
でも、やっぱりさっきのお土産屋で見た柄の付いたナイフが欲しくなり、文子がお風呂に入っている間にもう一度買いに行く。
この時はスイスフランがなくなってしまいカードで買ったのだが、店の前で工藤さんにぱったり会ってしまった。
夜の10時だというのに、この街は一人で歩いても怖くない。
スイスはだいたい治安の良い国だが、この街は特に安心なような気がする。


6月6日(水)天候:雨のち曇り
目覚めるともう、スイスからフランスに移動する日。
今朝も7時のモーニングコールである。
ここまで書き忘れたが、モーニングコールは全てベルが鳴るだけ。
どこへ旅した時か忘れたが、オペレーターが生の英語でGood Morning.Have a nice day!と言うホテルもあるので、僕は受話器を取るたびに英語で何か答えていた。
起きて外を見ると雨。
それも雷を伴って結構激しく降っている。
ユングフラウへ行くのが昨日で本当に良かった。
去年の夏、日本海でキャンプした時は大雨だったし、北海道のオンネトーには2回行って2回とも台風だった。
楽しみにしている場所でも天気ばかりはままならない。
尤も、これまでユングフラウでは悪い天気に当たったことはないけれど、今回はツアーの中に誰か晴れ女でもいるのだろうか?
朝食を済ませて出発の準備。
今のところお土産はスーツの中に収まっている。
バスはスイスの首都、ベルンに向かう。
インターラーケンの景色、ヘーエマッテ公園から見るユングフラウの山並みも当分見ることはできないだろう。
さよなら。
インターラーケン。
バスの外は雨だし退屈、と思っていたら意外と短時間でベルンに到着する。
着いたところはベルンの町並みが一望できるバラ公園。
折りしも雨が上がり、雨に洗われた市街の茶色の屋根が綺麗だ。
緑の森が城壁のように市街を囲っている。
中心部には例によって教会の尖塔がひときわ高く聳えている。
ここは高台にあって市街を見下ろすのに丁度良い。
ここから市街に下る道を辿るとクマ公園に出る。
何故クマかというとベルン州の州旗がクマなので、市民のアイドル的存在らしい。
でも登別のクマ牧場のように立ち上がってエサをねだったりしない。
この公園の脇にトイレがあり、ここはトイレ休憩に立ち寄ったようなもの。
でも、市街へ続く橋やトラムなどを写真に納めた。

ここから再びバスの旅。
アウトバーンを通ってグリュィエール(Gruyeres)へ向かう。
グリュィエールはエメンタールとともにチーズの代表的な産地だ。
今日のお昼は、ここでラクレットを食べることになっている。
途中の車窓からはスイスの牧歌的な景色が見えているがアウトバーンを降りてグリュィエールに近付くと、その景色が更に田舎染みてくる。
田舎染みる、と言っても悪い意味ではない。
人家が本当に少なく見渡す限りの牧草地、といった感じで、僕の好きな風景である。
グリュィエールは小高い丘全体が城郭で、村は城郭の中にしかない本当に小さな村。
その城の向こうには、名前は知らないが特徴的なとんがり山が聳えている。
バスの駐車場は中腹だ。
11時40分に着いてから小一時間のフリータイムがあるので、その素敵な風景を撮りに行く。
丘の下まで戻ると牧草地が広がっている。
本当は入っちゃいけないのかもしれないが、インターラーケンでもグリンデルワルドでも近くで見ながら行かれなかった大草原がここにあるのに入らないでいる方が無理というもの。
雨上がりで草が濡れているが、民家の脇から入ってしまった。
畑は自然な丘陵のままで少し上り坂になっている。
その頂上付近で本当のスイスを撮影できた。
それに、ここから眺めるグリュィエールの城もなかなか良い。

初めてスイスに来た時、サンベルナール峠のふもとにあるグラン・モンタナというイタリア国境に近い村へ行ったが、その周辺が牧草地や色とりどりのお花畑で感動した。
「そうだよ。
スイスっていうのはこういう感じなんだ。
」と自分がスイスに対して抱いていたイメージが本当のものだったのだ、とこの時初めて裏付けられた思いだった。
今回はツアーであんまり自然に触れる機会がなかったけれど、初めてスイスを訪れた文子はグリンデルワルド周辺、クライネシャイデックの付近、そして、このグリュィエール周辺と、どこが文子のイメージに合っていたのだろうか。

この牧草の畑からグリュィエールのお城には坂道が続いている。
その坂道を外国人の家族連れが歩いている。
僕たちも、その人たちの後に続くとやがて城門に達する。
この城門にも櫓があり、銃眼が穿たれている。
この城門を入ると歩道に石が引き詰められており、その周りに民家が建っている。
昼食までまだ時間があったので、周辺のお土産屋さんを覗いてみる。
この街のお土産屋さんは、どこも小さな店ばかり。
ちょっと気に入ったティシャツがあったが、スイスフランがすっかりなくなってしまったので諦めていると、どこの店でもカードで大丈夫ですよ、と工藤さんが教えてくれる。
江ノ島のお土産屋でカードを出したようなものだ。
お昼のラクレットは林さんたちがテーブルを確保しておいてくれた。
過去2回食べたラクレットは、小さなレストランだったせいか、お店の人がチーズを盛ってテーブルに置いてくれたが、ここでは自分たちですくい取る。
各テーブルにグリュィエールチーズとそれを上から暖める電熱器が置かれ、柔らかくなったらフォークとナイフで好きな量だけすくい取る。
ポテトは大きな籠でテーブルに置いてある。
とても美味しくて、しかも、誰にも気兼ねなく自分で出来るので沢山食べてしまった。

この頃は日本でもラクレットが知られてきたので、有名なお店に行けばラクレット用のチーズを売っている。
八ヶ岳の農場でも自家製のチーズを売っていて、これで家でラクレットをやったことがあるが、レンジやオーブンでは上手くいかない。
本格的にやるなら、ここと同じようなアイロンを逆さまにしたような電熱器がいる。
ここのレストランはウィーンのホイリゲと同じように何だか穴倉のような感じだったが、ここはもともとチーズを寝かせておくための場所だったそうだ。

すっかり満腹で外に出る。
ゆっくりバスの駐車場に向かうと城壁からの遠望もなかなか素敵なので、これも何枚か写真に納めた。
グリュィエールからレマン湖のほとりを通り、シヨン城を見学した後ローザンヌからTGVに乗るのだ。
グリュィエールからシヨン城までは意外と近く、30分ほどで着いてしまう。
ここはレマン湖に突き出したお城でスイス国鉄に乗ってヌーシャテル湖の方から来ると、左側に美しい景観を見せてくれる。
しかし、このお城も今日は外壁の工事をしていた。
このお城は何と言っても、イギリスの詩人バイロンが「シヨンの囚人」という詩を書いたから有名になったので、城内には実際に囚人がいたという地下牢もある。
このお城の案内も工藤さんではなく、専属のガイドさんが行う。
シヨン城は13世紀に建てられたものが現在でも大部分を占めているそうだ。
各フロアに通じる階段は狭いが、湖に面した各部屋からはレマン湖の景色が眺められる。
城と道路とは橋1本で結ばれているが、この橋の下からはボートで湖に出て行ける。
城外に小さな売店があり、バイロンのシヨンの囚人の案内書を売っていたので、ちょうど残っていた10フランを使ってしまった。

ここからローザンヌまではいくらもかからない。
ローザンヌでバスの運転手さんともお別れになる。
ローザンヌの駅は今までのスイスと違い大勢の人で混雑している。
今までがノンビリしすぎていたため、田舎の人が急に東京に出てきたような感じがする。

TGVはフランスが誇る新幹線。
電車も流線型でいかにも速そう。
我々の電車は17時51分発である。
これでパリのリヨン駅に到着するのが22時。
社内は4列シートで、ほとんどが禁煙車。
工藤さんから飛行機のチケットのような切符を渡されて乗ってみたら林さんと一緒の列。
ここまで来ると30人の中でもグループができているので、そんなところにまで配慮する工藤さんは大変。
TGVがローザンヌを出発する時は、日本のようにアナウンスもなく、ベルも鳴らず、定刻になると発車してしまう。
これはスイス国鉄も同じで、電車とホームの関係も日本と異なり電車の方が一段高くなっている。
でも、駅とホームの関係はバリアフリーが徹底していて、階段などどこにもない。
ローザンヌ駅の地下へはスロープだったし、パリのリヨン駅はホームと外とは平らになっている。
電車はローザンヌを出ると見渡す限りの大平原の中を走って行く。
まさしく大平原。
車窓から見える範囲に山もなければ家もない、という地平線の彼方まで緑の平原が続いている。
近くで見れば牧草地があったり葡萄畑があったりするのだろうが、車窓からでは全てが緑に見える。
それから、ここまで来て初めて見たのが電柱。
日本人には見慣れた電柱だがドイツでもスイスでも電柱を見掛けなかった。
トラムの架線は別だが、あのグリンデルワルドでさえ見掛けなかった。
それがこの大平原には時々出てくる。
人家がないところでは電柱にしているのだろうか。

この日の夕食は新幹線の中でお弁当だった。
弁当は10年前のスイスの時、幕の内を食べたことがあるので、またそれかと思ったら洋風のお弁当だった。
何年か前、幕の内で中毒者を出したことがあり、それ以来洋風のお弁当になったという工藤さんの話しだった。
4年前のスイスの時はジュネーブからパリまで飛行機だったが、たった1時間の飛行なのに夕食がサービスされ、パリのホテルに着いてからも夕食がセットされており折角の美味しいものが充分食べられなかった想い出もある。
とにかく、スイスからパリへの移動の食事はあんまり良い想い出はない。
今回の洋風お弁当もチキンとパンが2個、それにミネラルウォーターと果物、プリンなどが付いている。
量も多いし、パンは固い。
日本人に合うものならケンタッキーかマクドナルドで充分なのに。

22時、定刻より少し遅れてパリのリヨン駅に到着。
パリにはパリ駅という駅はない。
リヨンのほかサン・ラザール駅など4つの駅が周辺にあるだけだ。
これからホテルに入るのだが22時という到着はちょっと遅過ぎるのではないか。
ジュネーブあたりで泊りにしてパリに入るのを半日遅らせるか、シヨン城観光をカットして早くパリに入るか、どちらかにすべきだろう。
スイスでは見るべきものが沢山ある。
シャモニーもサンモリッツも行かないのだからシヨン城にも行かなくたって良いのではないか。
前日、ユングフラウが良かっただけに、何だかこの日は勿体無い気がした。

パリでの僕たちのホテルはル・グランインターコンチ。
このツアーはパリまたはロンドンでグレードアッププランがあったので最初からルグランにしたのだ。
10年前のホテルは日航だったがエッフェル塔には近いものの買い物その他はタクシーを使わなければならず不便だった。
ルグランは地理的に便利なところにあるので迷わずルグランに決めたのだが、グレードアッププランにしたのは30人の中で僕たちだけだった。
駅からホテルに行くのにルグランの方が近いため僕たちが先に降りる。
僕たちだけのために工藤さんも降りてチェックイン手続きまでしてくれて、何か申し訳なかった。
グレードアップの場合は自分でチェックイン手続きを行うこと、となっていたのでチェックインくらいなら何とかなるカナ、と思っていたのだが、今回のツアーは何から何まで全部工藤さんがやってくれるので英語慣れがしていない。
この手続きも工藤さんがやってくれて正直、助かった。
ところが部屋に行っても荷物が届かない。
暫く待っていると届くことは届いたのだが、1個間違って置いて行く。
あわててベルマンを追いかけ、廊下の途中で交渉。
何とか僕の英語も通じてやっと人間も荷物も落ち着くことができた。

部屋は4階で良い場所なのだが、ちょっと部屋が狭い。
インターラーケンの部屋が広かっただけに余計そう思うのかもしれない。

《ロマンチック街道の旅3 パリ編に続く》

朝のヘーエマッテ公園。
ここからユングフラウがくっきり見える日は晴天。

シュタウブバッハの滝

登山電車からラウターブルンネンの街と渓谷。

ユングフラウ。
プラター展望台の雪の上で。

アイガー北壁。
登山者の憧れであると同時に魔の山でもある。

クライネシャイデック遠望

登山電車。
色も形も江ノ電そっくり。

登山電車からグリンデルワルドを望む。
この辺は一面のお花畑。

色んな花が咲き乱れるお花畑。

グリュイレール。
お城のほかに大草原が広がっていた

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